【なら正月記 弐】清酒発祥の地 水と景色が醸す美酒 奈良豊澤酒造
「菩提酛(ぼだいもと)」と書かれ、荒縄が幾重にも巻き付けられた大きな蒸し器。蒸された酒米がござに入れられる度にもうもうと湯気が上がり、寒中に熱気があふれ出す。
「清酒発祥の地」とされる奈良市菩提山町の正暦寺で、毎年1月に行われる「菩提酛清酒祭」(今年は9日)。県内蔵元の有志らが参加し、「菩提酛」と呼ばれる酒母をつくる仕込み作業が行われる。
正暦寺では中世、神仏にささげるために「僧坊酒」を醸造。菩提酛による酒の仕込みは室町時代からの歴史があり、現在に至る酒造技術の原形という。途絶えていたが、蔵元有志や寺関係者らが平成11年に製造法の再現に成功した。
「いい酒はきれいな水と美しい景色から生まれます」。正暦寺の大原弘信住職(63)が語るように、辺りの森林や清流を見ていると、間違いなくうまい酒が醸されそうに感じる。
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酒造りの先進地だった奈良。「清酒発祥」からさらにさかのぼると、三輪山を神山とし、「酒造りの神様」としても信仰される大神神社(三輪明神、桜井市)にいきつく。『万葉集』の歌に登場する枕詞「味酒」は「三輪」にかかり、この聖地から美酒も連想されてきたことだろう。
そんな奈良県内には現在、約30軒の蔵元があり、それぞれ特色のある〝うま酒〟を醸している。
その一つ、奈良市の「奈良豊澤酒造」は、大吟醸の「豊祝」が全国新酒鑑評会で12回も最高賞の金賞を受賞。純米吟醸「無上盃」も人気だ。
「飲み飽きない酒造り」がモットーという蔵に入れてもらうと、仕込まれた米の甘い香りが漂ってきた。
ずらりと並ぶのは9千㍑の大きな桶。中をのぞくと発酵中の白い醪(もろみ)が静かに泡立っている。蔵人は毎朝5時、発酵を均等化するために竹棒で醪や酒母をかき混ぜる「櫂(かい)入れ」を行うという。
「ここは蔵の心臓部。麹(こうじ)づくりで酒の味は8割方決まる」と話す豊澤孝彦社長(43)に案内してもらったのは、醸造を左右する麹をつくる麹室だ。麹は米に菌を繁殖させたもので、室内の温度は31~32度に、湿度は70%に保たれる。上半身裸の蔵人たちが作業に励む姿を目の前にすると、時代がひと昔前に戻ったかのようだ。
機械化されている蔵も多いというが、豊澤社長は「機械では温度が分かってもカビの生育などは調整できない。これがうちのやり方」と信念を曲げない。
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奈良豊澤酒造が手作業にこだわり、1カ月かけて仕込まれた後にしぼられた生酒は薄く透き通った山吹色をしている。ここから貯蔵などの工程を経てようやく透明な日本酒が完成するのだ。
新酒がうまいこの時期、3月中旬まで期間限定の酒が販売される。「豊祝 吟醸あらばしり」は山田錦を100%使い、昔ながらの「袋しぼり」で造られた香り高い酒。「豊祝 吟醸にごり酒」はまろやかで、コクのある味わい。いずれも酒好きをうならせそうだ。
「和食が高い評価を受け、日本酒も見直されつつある。食中も楽しめる酒を造っていきたい」と豊澤社長。清酒発祥の地で醸されるこだわりの酒がさらに新たな歴史を刻んでいく。 (神田啓晴)
奈良豊澤酒造 JR桜井線帯解駅から西へ徒歩約10分(奈良市今市町405)。明治元(1868)年創業。3月中旬まで販売の「豊祝 吟醸あらばしり」と「豊祝 吟醸にごり酒」はともに1800㍉㍑入りで2700円。蔵直送の酒が飲める直営店「蔵元豊祝」は、県内では近鉄奈良駅改札前と大和西大寺駅コンコースにある。問い合わせは同酒造(☎0742・61・7636)。