【ならの伝統】 柄の原料、カシ不足深刻 古武道「宝蔵院流槍術」のピンチ救え
奈良発祥の古武道「宝蔵院流槍術(そうじゅつ)」。約460年の歴史を持つ由緒正しき武道だが、槍の柄の原料であるカシの不足が深刻化し、伝統の継承に黄色信号がともっている。槍に適する長尺で無節のカシを調達できるのはいまや愛知県の製材所1軒のみ。「自分たちで植林するしかない」。伝統を守るべく、槍術の伝習者が立ち上がった。
■460年の伝統
昨年12月10日、奈良県上牧町の山林ではカシの苗の植樹祭が行われていた。平成25年から毎年、ドングリから大切に育ててきた「ハナガカシ」の苗だ。約2500平方㍍の敷地に随時、計1500~2千本を植える予定で、30~50年後に伐採し、槍の柄を製材するという長期計画を立てている。
宝蔵院流槍術は約460年前に興福寺(奈良市)の僧、胤栄(いんえい)が始めたとされる奈良発祥の古武道。現在は奈良を中心に国内外で約100人が鍛錬に励む。特徴は、十文字の穂先が付いた「鎌槍」(長さ2・7㍍)。穂先まで真っすぐ伸びた素槍(同3・6㍍)と対戦する形式で、稽古や演武を行っている。
これまで柄にはシラカシを使用。武道具屋に発注すればなんなく手に入っていたというが、宝蔵院流槍術21世宗家の一箭(いちや)順三さん(68)=奈良市=は「カシが年々不足し、10年くらい前から槍を調達するのが難しくなった」と打ち明ける。
■一流の槍材再興へ
一箭さんによると、柄に適するのは繊維が真っすぐで、節のない長尺のカシ。カシが建材として利用されていた時代は日本全国にカシ林があったが、建材需要が減った影響で年々減少。今では愛知県の製材所1軒だけが槍の受注を請けてくれている状況だ。
カシ以外の木も加工してみた。だが堅すぎてしならずに割れたり、握ったときの滑りが悪かったりと、うまくいかなかったという。
「こんな槍で練習していたら、技術まで変わってしまう」。危機感を抱いた一箭さんたち伝習者は自らカシ林を育てることを決意。せっかくなら江戸時代に槍の一流ブランドとして名をはせた「ハナガカシ」を再興しようと決め、ドングリから育てるべく、平成25年11月、ハナガカシの自生する九州へと向かった。
■50年の壮大な計画
ハナガカシは真っすぐに伸びる性質があり、堅さと弾力性に優れるなど、槍の原料としては最適。だが、木の育成に関して一箭さんたちは素人。そこで県森林技術センターに相談し、アドバイスを受けながら毎年ドングリを植え続け、大切に育ててきた。
そして昨年、ようやく植樹できるまでに苗が成長。シカの食害に遭わない山林を上牧町に見つけ、植樹祭に先立つ同12月1日、同センターとの間で正式に、ハナガカシ育成に関する協定を結んだ。今後50年にわたり、同センターが育成の助言、補助をするというものだ。
同センターの伊藤貴文所長は「奈良にハナガカシは自生しておらず、私たちも育てた経験がない。試行錯誤しながら見守るしかない」としながらも、「歴史ある古武道を将来にわたって支えようという壮大なプロジェクト。関わることができてうれしく誇りに思う」と期待を込めた。
奈良宝蔵院流槍術保存会では山林取得などにかかる費用約200万円を目標に募金を呼びかけている。個人は1口5千円、企業法人は1口1万円。申し込み、問い合わせは同保存会(☎0742・44・9124)。