【榊莫山と紫舟のシンフォニー⑨】 榊莫山「カニ」 歩んだ道と重なる一文
2017年05月15日 産経新聞奈良支局 最新ニュース
榊莫山は昭和27(1952)年に故郷の伊賀から大阪へ転居し、小学校などの教員を務めながら書家の道を歩みましたが、昭和56(1981)年に両親が亡くなり、帰郷しました。
伊賀の実家は自然に恵まれており、榊は時に土を耕しながら動・植物を友として暮らす中で作品を制作しました。畑から収穫した野菜などを観察して絵を描き、主に自作の言葉を添えた画と書の作品が生まれました。
掲載の作品も同様の1点です。墨の線でカニの姿をかたどり、繊細な筆触で彩色を加えています。輪郭の外側まで淡彩を施して柔らかい趣を表現する方法は、他に「砂山のブドウ」(出品番号43)、「エビ」(出品番号48)などにも見られます。
添えられた「人皆直行 吾独横行」の書は、飄々とした書風や弧を描いた配置からユーモラスな印象を受けますが、この一文は榊にとって意味がありました。旧制中学2年生の頃、戸襖のカニの絵に書いてあった同じ文を「人のまねはするな」という教訓として祖父から示され、印象に残ったと榊は記しています(「わが風狂の道」『墨と五十年・榊莫山展』1993年)。後に榊が歩んだ道とも重なる一文です。 (奈良県立美術館学芸課 稲畑ルミ子)