【鹿角抄(コラム)】 見過ごされがちな奈良の宝、「もったいないことしてる…」
春日大社の神職が暮らす社家(しゃけ)町だった奈良市高畑町で、いかに再生されるか楽しみなプロジェクトが始まった。
大社南側に位置するこの地でほぼ唯一残った社家住宅遺構という「藤間(とうま)家住宅」。風情ある土塀に囲まれた屋敷だが、中に入ると壁の一部が崩れ、床も落ちかけている。天井裏はさらに無残な姿で、倒壊が心配される状況だ。
住宅を取材して注目したのは、狩野派絵師が描いたとみられる襖絵(別の場所に保管)や立派な欄間、それにご神木などが植えられた庭。神職の清らかで、優雅な暮らしぶりが伝わってくるようだ。
プロジェクトでは現在、当主の長女や研究者、大社などが修復や活用について検討を進めている。計画では滞在型の文化施設を目指すといい、神に仕え、風雅を解した神職の生活文化を伝える施設としての再生を期待したい。
明治時代の古地図を見ると、高畑には藤間家も含めて社家・禰宜(ねぎ)家の住宅が軒を連ね、弁天社など小さな社も複数見える。大社によると、社家住宅には精進潔斎する離れ、庭には鎮守社があったほか、家によっては能舞台なども設けられていたようで興味深い。
当時の姿がほとんど失われた高畑では、藤間家の保存は社家文化を伝えるうえで大切だろう。さらに高畑には新薬師寺や志賀直哉の旧居、入江泰吉記念・奈良市写真美術館もあって古代から現代までがつながるため、古都の文化に総合的に触れてもらう場にもなる。
「奈良はもったいないことをしている」。プロジェクトに関係している東京在住の美術史家、佐藤よりこさんもそう話すように、国宝、重文に指定されている古代の建造物や仏像が豊富なあまり、他府県では大切にされる〝宝〟が奈良では見過ごされがちだ。
そこで思い出したのが、元春日大社権宮司で県立大学客員教授の岡本彰夫さんが講演や執筆を通じて近世・近代の美術工芸などを発掘しようとしていること。古代だけが注目されがちな奈良にとって重要な活動である。
社家住宅の再生プロジェクトも、連綿と続いてきた奈良の文化に目を向ける取り組みとなりそうだ。 (岩口利一)