【奈良県立美術館特別展 没後40年 幻の画家 不染鉄①】 《山海図絵(伊豆の追憶)》 日本人の原風景ともいえる不染独自の富士図 11月5日まで開催
不染鉄(ふせん・てつ 本名・哲治 後に哲爾に改名)は明治24(1891)年、東京・小石川で生まれた。父親は僧侶だったが気ままに暮らしたいとの理由から絵描きを志し、日本画の勉強を始めた。京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)では優秀な成績を収めて首席で卒業し、帝国美術院展覧会(帝展)では入選を重ねるなどして将来を嘱望された。しかし、戦後は画壇を離れ、中学校の校長を務めることになった奈良で好きな絵を描いて84年の生涯を終えた。
不染の名が忘れ去られてしまった原因の一つに展覧会に出品された大作の多くが所在不明で、その評価が遅れた点が挙げられる。白い雪を冠した富士山を2㍍四方の大画面に収めた風景画の本作は幸運にも美術館に収蔵され、大切に保管されてきた不染の代表作である。
伊豆大島から見た富士山の眺めをもとに描いたもので、前景には青く輝く太平洋が広がり、紅葉する山里から富士山を越えると冬の日本海へと至る。上空を飛行する鳥のような視点で捉えた光景は壮大だが、そこには自然とともに暮らす人々の姿が細やかに描き込まれている。数ある富士山をテーマとした名画の中でも、素朴な温かさを湛えた本作は、日本人の原風景ともいえる不染独自の富士図となっている。 (奈良県立美術館学芸課 松川綾子)
日本画家・不染鉄。この耳なじみのない画家の没後40年を記念する展覧会が11月5日(日)まで、奈良県立美術館(奈良市登大路町10―6)で開催されています。いくつかの作品を順次紹介します。