【未来へつなぐ 狩猟の今(中)】招かれざる、「神の使い」
2020年02月18日 産経新聞奈良支局 最新ニュース
原木の買い取りや加工材の販売を手がける「県森林組合連合会木材センター」は、四方に森林が広がる吉野町の山間部にある。
「朝は辺り一帯がシカのたまり場になっていますね」。林業の担い手育成に取り組む県森林組合連合会の職業訓練指導員、中井理仁さん(49)はこう話す。
平成12年の開所当時、シカの姿はほとんどなかったという。「この辺りにはスギやヒノキなどの樹皮がある。里山で食べるものがなくなったからこそ、餌にありつける格好の場所になっている」と説明する。被害防止用のネットも設置しているが、対策は追いついていないのが実情だ。
そもそも、今の時代になぜ、狩猟の必要性がこれほど迫られるようになったのか。背景には、野生鳥獣が農作物と森林に及ぼしている甚大な被害がある。農作物の被害額は減少傾向にあるが、関係者は「山間部に生息していた動物が活動範囲を広げ、問題がより広範囲で起こるようになっている」と警鐘を鳴らす。
農林水産省の調べによると、平成30年度、野生鳥獣による農作物被害は約158億円にも上った。その半数以上はシカとイノシシによるものだ。環境省の調査によると、元年からの約30年でイノシシの推定個体数は3倍に、繁殖力が高いシカにいたっては本州以南でなんと8倍にそれぞれ増加。分布域は昭和53年から平成26年までの36年で約2・5倍に拡大したとされる。
被害は農作物にとどまらない。森林被害は全国で年間約6千㌶(30年度、林野庁調べ)にもおよび、シカによる被害はこのうち約4分の3を占める。奈良公園周辺に生息するシカは「神の使い」と古来あがめられてきた存在だ。だが、山間部に目を向けると「鹿害」は深刻さを増している。シカが1日に食べる草や樹皮の量は約5㌔。植栽木や林床植生を好み、秋冬は落ち葉や樹皮まで食べてしまう。林床植生が荒らされれば昆虫など生物の多様性が損なわれ、さらに落ち葉がなくなると土壌崩壊につながるケースもある。樹木でこすって角の表面を磨く「角研ぎ」や樹皮がはがされることで、木材の価値が著しく損なわれるのも深刻な問題だ。
一方、県は生産・防災・生物多様性などの森林機能を重視するスイスの林業をモデルに、スギやヒノキの一斉人工林から、針葉樹と広葉樹の混交林の状態を恒続させる「恒続林」への転換を目指している。
だが、増え続けるシカによる被害を食い止めなければ、恒続林を実現させるのは難しい。昨夏、スイス・ベルン州の「リース林業教育センター」から来日し、県内で研修を積んだ実習生の一人は「本当にたくさんのシカがいて驚いた。幼齢樹にとっては非常に大きな問題なので、捕獲していくべきだ」と指摘した。
林業と狩猟は切っても切れない関係にある。奈良公園のシカは愛らしい姿で観光客に人気だが、山間部では林業関係者にとって頭痛の種となっている。