【あのまちこんな店】「まちの本屋でいたい」 ベニヤ書店(奈良市)
近鉄奈良駅北側にあり、昔ながらの趣が濃い「花芝商店街」。カフェや和食店、洋装店などさまざまな店が立ち並ぶ一角に、「ベニヤ書店」がある。店主を務めるのは2代目の川岸泰子さん。15坪(約50平方㍍)ほどの店内には、創業時に作り付けた水色の棚に歴史書や新書、児童書など1万冊以上が並ぶ。ゆったりとした時が流れる店内では、じっくり品定めする客、川岸さんと会話を楽しむ客…。そこには「まちの本屋」の風景があった。
■創業時のまま
「お帰りなさーい」。商店街を通る通勤や通学途中の顔なじみの客らに、店の奥から、川岸さんが声をかける。昭和31年、両親が創業したこの店の2階にある〝自宅〟で育った川岸さんは、小学生の頃から店を手伝い始めた。
店内に入ると天井が意外に高い。「圧迫感がないように、(当時の)百貨店の天井を意識して高くした」と川岸さんは先代の父親から聞かされたという。棚には新書や文庫、専門書などが天井近くまで積み上げられている。売れ筋しか扱わない書店にはない絶版本もある。「できる限りの本をそろえたい」という思いに天井高が幸いした。
川岸さんは大学卒業後、本の取次会社(問屋)に就職し2年間勤務した後、家業に入った。父親は「何かやりたいことがあるならやればいい」と自主性に任せるような口ぶりだったが、「内心は大事な店だから、しっかり跡を継いでほしいと思っていたはず」と振り返る。
85歳で父親が他界したのを機に、10年ほど前に正式に2代目としてひとりで店を切り盛りしてきた。
30人ほどはいるという、なじみの客の指向を考えながら仕入れた本をさりげなく勧めてみたり、季節感あふれる本を配置したりと工夫しながらの店番。「『もっと自分の色を出してもいい』といわれることもありますが、日々のことにいっぱい、いっぱいで…」と控えめだ。
■お客さんに支えられ
今や都市部には何十万冊もそろえる大型書店があり、インターネットでも本が買える。「まちの本屋」には厳しい時代だ。ベニヤ書店は大丈夫なのだろうか?
本の売れ行きが悪くなりつつある状態で店を継いだ川岸さんは「悪いのが当たり前」と覚悟していた。
通勤で店の前を通り、30年来のなじみで、週3回は店をのぞくという男性(54)に聞いた。「ネットで本を見てもあまりピンとこない。なんとなく居心地が良くて、長居してしまう」と笑った。この男性は1時間ほど歴史書や新書など〝新たな発見〟がないか一冊一冊本を吟味していた。
話題の新刊が出ても大手が優先され、個人経営の書店では仕入れが遅れるが、少しくらい待ってでもこの店で買いたいという客がいる。
川岸さんが店を見回してこうつぶやいた。「かい性もなくて改装もできないけど、昔のままの雰囲気が気に入っています。気軽に立ち寄れて、本を身近に感じてもらえる『まちの本屋』でいたい」。
「まちの本屋」がいまだ健在である理由がわかったような気がした。(山﨑成葉)
昔ながらのまちにある店やその歴史をたどり、店の魅力やまちの人たちとのふれあいの「風景」を紹介します。
ベニヤ書店(奈良市花芝町)=近鉄奈良駅から北に延びる花芝商店街にある。日曜定休、祝日不定休。午前9時半~午後7時。(☎0742・22・5050)。
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