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喜光寺 行基創建、今年で1300年 


 奈良時代の都・平城京には多くの寺院が建てられた。当時、「菅原寺」と呼ばれ今年で創建1300年となる喜光寺(奈良市、法相宗)もその一つ。民衆に仏教を説き、「菩薩」と崇められた僧、行基の活動拠点である。
 奈良と大阪方面を結ぶ道路の北側に位置し、都の中枢だった平城宮跡に近い。ここは奈良時代、「右京三条三坊」という住所で、行基が養老5(721)年に創建したと伝えられる。
 平城遷都1300年の平成22年に復興された柱の朱色も鮮やかな南大門をくぐり境内へ入ると、青空を背に堂々とした本堂(重文、平安時代)が目に飛び込んできた。重層の造りで、風格がある。それもそのはず、室町時代の再建だがもとは行基が東大寺造営の参考にしたという伝承があり、「試みの大仏殿」とも呼ばれる。当初の本尊は不明だが、現在は阿弥陀如来坐像(重文)が安置されている。
 住職で薬師寺長老の山田法胤師が「この寺が建てられたのは行基さんが50代で脂が乗り切ったころ。京の中心近くにあり、活動の拠点にされた」と説明してくれる。
 平城京の時代は災害が相次ぎ、疫病も流行。重い労役も課せられた民衆は苦しんだ。そんな世の中に登場したのが行基だった。
 現在の堺市で生まれた行基は修行を経て、民間布教を行うとともに技術者らを率いて各地で寺院や橋、池などを次々と整備していった。続日本紀によると、行基が現れるのを聞くと大勢の人が集まったといい、民衆に慕われたことがうかがえる。
 「行基さんは大衆的なところが魅力。偉さを意識せず、民衆と一緒になって、いい国を造ろうと呼びかけた」と山田師は語る。
 当初、行基の活動は糾弾されたが、やがて国は方針を転換。聖武天皇が大仏造立の詔を発布すると、70代の行基は勧進役に抜擢された。行基は大仏造立に尽くしたが、大仏開眼供養会を見ることなく、80歳余りで喜光寺で亡くなったという。
 境内の小さなお堂にはそんな行基のお像が祭られており、今も多くの人に礼拝されている。この寺を訪れると1300年前、救いを求める民衆に手を差しのべ仏の教えを説いた行基さんの姿が目に浮かぶようだ。
                                               (岩口利一)

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