卒業、就職…狙われた「転機」不安付け込まれ連れ去り 荒木和博氏が語る拉致問題のリアル ~奈良「正論」懇話会講演会詳報

「知られていない拉致問題のリアル」と題し講演する荒木和博氏=奈良市
一日も早い家族との再会を願いながら、いまだ問題解決、真相究明の糸口を見いだすことができない北朝鮮による拉致をテーマに、奈良市の奈良ホテルで1月30日に開催された奈良「正論」懇話会の講演会。特定失踪者問題調査会の荒木和博代表が「知られていない拉致問題のリアル」と題して講演した。主な内容は次の通り。
最近まで起きていた
拉致というのは、日本海側の海岸を歩いたときに突然捕まって連れて行かれるものと考えている人が多いと思う。しかし、おそらく大部分はそうではなかった。多くはターゲットを決め、その人をつけ狙って、行動パターンや家庭関係、仕事などを調べたうえで、おびき出して連れて行っているのではないかと思う。日本海側ではなくても、奈良県も含め海のない県で事件が起きても不思議ではない。
一体いつ頃から拉致をやっているのか。おそらく日本が戦争に負けて、朝鮮半島が日本から切り離されたあとから始まっている。1948(昭和23)年に朝鮮民主主義人民共和国ができ、昭和20年代後半以降、意図的に連れて行かれたケースが増えたのではないかと思っている。
いつ頃まで拉致が行われていたか、はっきりわからないのだが、私たちのリストで最も新しいのが2003(平成15)年。1977(昭和52)年に横田めぐみさんが13歳のときに拉致され、ずっと昔の出来事というイメージがあるが、実際には最近まで起きていたと考えられる。
失踪にはパターンがある
2002(平成14)年9月、当時の小泉純一郎首相が訪朝し、金正日(キムジョンイル)氏が拉致を認めた。そのとき帰国者5人のなかに、日本政府がノーマークだった佐渡の曽我ひとみさんがいた。このあと何か起きたかというと、日本全国で失踪者の家族が声をあげるようになった。当時私は「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)の事務局長だった。
ものすごい数の電話やファクスなどが寄せられ、家族の皆さんに調査票を書いてもらうことにした。妻がデータベース化すると、いくつかのパターンがあることがわかった。例えば看護師、印刷関係で働く人が非常に多い。個々に調べていくと、人生の転機、つまり学校を卒業し、就職するときなどに失踪している人が目立つ。転機は逆に不安でもあり、そこに付け込んで近づいて相談に乗り、そのあと無理やり連れ去られるケースが少なくない。
実際の拉致は、私たちが考えていた拉致とはかなり違ったものではないかと思い始めた。そして、平成15年に特定失踪者問題調査会を立ち上げた。
日本政府はわがまま通せ
拉致問題に今後どう向き合えばいいのか。韓国はもちろん、東アジア情勢は不確定要因が多すぎる。トランプ米大統領の影響も大きい。かつて金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党総書記と会談しており、トランプ氏が日本を大事だと考えれば、金氏に「日本と話せ」と言う可能性もある。ただ、トランプ氏は北朝鮮への関心はないだろうから、中国との取引材料の一つとして使うことになり、逆に拉致問題の進展が遠ざかる懸念もある。
日本はわがままを通す以外に方法はない。不本意だが、身代金を払って被害者何人かを取り返すというオプションから、自衛隊を使って被害者を救出するというオプションまで、ともかく全て整えておく。
北朝鮮にも体制維持が難しいと思っている人がトップ近くにいる。解決に向けて首相と金氏の直接会談を求める声もあるが、拉致被害者救出に協力してくれる人とか組織があれば、日本政府としてお金も出すし、場合によっては亡命も受け入れると、北朝鮮側にまずは情報発信してほしい。
日本の国力からすれば、被害者を取り返すことは十分可能だ。非常に難しいことではあるが、首相、政府は覚悟を持って臨んでほしい。いまの若い世代にもしっかりしている人が多い。希望を持ち続け、世論が高まっていけば必ず前進する。
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荒木和博(あらき・かずひろ)氏 昭和31年、東京都出身。慶応大学法学部政治学科卒業。民社党本部勤務、「北朝鮮に拉致された日本人を救出する全国協議会」(救う会)事務局長などを経て、現在は特定失踪者問題調査会代表、拓殖大学海外事情研究所教授、予備役ブルーリボンの会代表。