郡山城天守をCGで復元 かつての姿を壮大なスケールで体感

CGで復元されたかつての郡山城と町並み=大和郡山市
大和郡山市は、国史跡の郡山城跡の雄大なスケールを感じてもらおうと、豊臣政権下で存在した天守をCG(コンピューターグラフィックス)で復元した。かつて存在した城の全貌に触れることができる。
郡山城は天正13(1585)年に戦国武将、豊臣秀長によって大和国・和泉国紀伊3カ国100万石の居城として整備が進められた。秀長死去後の慶長伏見地震で天守は天守台とともに崩落したとされる。その後、豊臣政権下の五奉行のひとりで、慶長5(1600)年の関ケ原の戦いまで城主だった増田長盛が城をはじめ天守を整備した。
CGでは、発掘調査や淀城に移築された天守の古絵図など史料をもとに、増田長盛時代の五重五階の壮大な望楼型天守を復元。近世城郭に詳しい三浦正幸・広島大名誉教授が監修した。
現在、郡山城跡の東多聞櫓(やぐら)で開催中の展覧会「秀長と郡山のあゆみ」の会場内に設置した㌅のタッチ式大型モニターで「デジタルナビ郡山城跡」としてCGを公開している。
モニターには市内の空中写真が映し出され、城跡の曲輪(くるわ)などの遺構や城下町に広がる文化財など郡山城にまつわる情報を見られる。曲輪や石垣は14件、城下町一帯の寺や神社は15件を掲載。また3Dモデル上には、江戸時代の城絵図に基づき櫓や塀などを配置し、柳沢藩政期の郡山城や城下町の姿を再現する。
市まちづくり戦略課文化財保存活用室の小野大輔学芸員は「郡山城の城郭の壮大さ、かつての町並みを感じてもらえたら」と話している。
展覧会は来年1月31日まで(不定休)。入場料一般300円、中学生以下と市内在住・市内に通学する高校生は無料。


































