大規模伽藍の存在裏付け、仏堂遺構確認 山添村の毛原廃寺跡 橿考研調査
奈良時代に大規模な伽藍を誇ったとされる山添村毛原の毛原廃寺跡で、礎石建ちの仏堂の一部とみられる建物遺構が確認され、橿原考古学研究所が26日、発表した。大きな礎石が残り、大寺院の面影を示しているという。
現場では戦前の昭和13年、県により一度調査が行われたが、県道拡幅にともない、橿考研が改めて本格的な発掘調査を実施した。
建物全体の推定規模は東西約18メートル、南北約10・8メートル。今回その南側の一部が発掘され、建物の基礎となる土を突き固めた基壇や、花崗岩の礎石1個(長さ1・1メートル、幅80センチ、厚さ30センチ)、礎石の抜き取り穴(10基)などを確認した。
毛原廃寺跡は三重県境に近い県東部山間に位置。奈良時代前半(8世紀)に栄えた大寺院跡とされ、金堂や南門などの礎石群が残っている。付近に木材を切り出す東大寺の杣山があったことから、東大寺に関係する寺院跡ともみられている。
建物跡は金堂跡の西約100メートル地点。橿考研は「これまでは食堂や僧坊跡とみられていたが、正方形に近い建物全体の形から、仏堂の可能性がある。僧侶たちが山中で修業を行ったことが想像され、毛原廃寺が大寺院であったことをうかがわせる資料だ」としている。
現場はすでに埋め戻されており、現地説明会は行われない。
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