「被葬者は聖徳太子一族」 斑鳩の竜田御坊山古墳 元橿考研副所長が講演
飛鳥時代の皇族クラスの墓とされる竜田御坊山3号墳(斑鳩町)の被葬者について、昭和40年の発見当時に調査にあたった元橿原考古学研究所副所長の泉森皎さん(74)が同研究所で講演。被葬者は聖徳太子一族の可能性が高いことを改めて指摘した。
泉森さんは古墳発見時の状況や、見つかった石槨や黒漆塗りの陶棺、遣唐使によってもたらされたという副葬品の硯や管状ガラス製品、現場の伝承などについて詳しく解説。
その上で、古墳の築造時期が630年ごろで、被葬者(10代)が輸入品を持つことができる高位の人物であることを指摘。「自分の宮殿である斑鳩宮を造営し、斑鳩に画期をもたらしたのは聖徳太子であり、竜田御坊山3号墳は上宮王家、聖徳太子一族の墓と考えるのが自然だろう」と述べ、被葬者は「聖徳太子の孫」クラスの人物という考えを示した。
一方、当時の調査の反省点についても振り返り、「文化財についての認識が低い時代。(開発業者とは)いろいろやりとりしたが、負けた。(自分としては)精いっぱいやったが、まだ若かった」と、古墳を現地保存できなかったことへの思いも語った。
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