【まちの近代化遺産】料亭 百楽荘 雅趣に富む地域の迎賓館
中国・福建省にあった門を模したという八角の「長寿門」をくぐると、そこは別世界-。というと、ちょっと言い過ぎかもしれない。だが、「料亭 百楽荘」(奈良市百楽園)の約1万坪の敷地に広がる庭を歩き始めると、次第に山に分け入っていくかのようだ。
そばを通る近鉄奈良線の車窓から「百楽荘」の看板を見るたび、木々に包まれた小高い丘にはどんな風景が広がっているのだろうと思っていた。
「『姫百合』に行きましょうか?」。迎えてくれた和服姿の女将、小川規子さんにそう誘われた。「姫百合」というのは9棟ある建物の一つ。そう、広大な庭のなかには別荘のような離れが点在しているのだ。
そもそもここは、大阪の資産家、泉岡宗助さんが昭和8年から17年にかけ一戸建ての貸別荘・料亭として整備した。「1棟で完結しているのがここの魅力です。もともと別荘として住めるように造られましたから」と小川さん。
当初から縮小したとはいえなお広大で、奥に進むとカエデやサクラ、マツなどが並び、鳥のさえずりが絶えない。周辺は住宅街なのに、本当に深い山中にいるような気さえしてくる。
「姫百合」は丘の傾斜を生かして建てた山荘風の建物だ。前室に入り、天井を見上げると高くて気持ちいい。ドアのそばには七宝焼が使われた換気孔が並び、洒落た感じ。座敷の書院も螺鈿(貝殻細工)の透かし欄間が施されるなど、実に細部までデザインが凝っているのだ。縁側の向こうには木立が広がり、いかにも野趣あふれる山荘にいるように思えてくる。
さて再び庭に出て、さらに奥へ。小さな橋の向こうに茅葺きの建物が見えた。「さつき」という離れ。2階が入り口になっていて、座敷があり、1階は今は使われないが、洋室だという。いずれの建物も和風でありながら洋風でもあり、やはり数寄者の造りだ。
こうして庭に点在する魅力的な建築を見て歩くだけで楽しいのだが、これだけの土地と建物を守っていくのはさぞかし大変だろう。
「ここは地域の静かな迎賓館で、『残してほしい』と言ってくれる人が多いです。これからも地域の人たちに支えられながら守っていき、さらにハレの日に使ってもらえれば」
小川さんがそう話すように、住宅街にあるここはまさに「地域の迎賓館」だろう。雅趣に富む荘内は自然と豊かな気持ちになる仕掛けに満ちている。(岩口利一)
■ひとくちメモ 百楽荘は当初、資産家が8万坪の土地を購入し建てた貸別荘・料亭で、現在は近鉄リテーリングが運営する料亭。近鉄奈良線富雄駅から徒歩約5分、夜に離れで楽しめる会席は1万2960円~。このほか、昼の離れでの献立や、大広間での献立(平日のみ)がある。問い合わせは、百楽荘(☎0742・45・0281)。
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