【奈良移住物語】森と人の優しさが糧 黒滝村で17年「理想の暮らし」
「自然の中で働きたい」。大学卒業後、田舎暮らしに憧れて黒滝村へ移住したのは、東京都江戸川区出身の梶谷哲也さん(42)。以来、森林組合の現場作業員として働き17年になる。村で「理想の暮らし」をかなえ、充実した日々を送る一方で、子供を持つことで親としての責任も感じるようになった。過疎が進む村の将来への不安はあるが、豊かな森と村人の優しさが日々を生きる糧になっている。
幼い頃から木の香りや質感が好きで、家具づくりや大工など木に関わる仕事に就くのが夢だった。地元・東京の大学を卒業後、友人らが都心の会社へ就職していく中で、自然への強い憧れという一心から、Iターン就職を決意。就職情報誌で見つけた黒滝村の森林組合の仕事に応募して採用が決まり、24歳のときに単身で村に移り住んだ。
村で待っていたのは、梶谷さんにとって「まさに理想の生活」だった。育林や造林、支障木の伐採など、一日中、木に触れる仕事に「やりたいことがすべてできる。東京に帰りたいと思ったことは一度もなかった」と振り返る。
一方、山の仕事は雨が降ると休みになるため、まさに「晴耕雨読」のような日々。休みになればその分収入も減るため、「今でも雨が3、4日続くと、みなそわそわします」と、山仕事ならではの苦労も語る。
30歳のころ、林業のイベントで知り合った川上村出身の妻、加根さん(43)と出会い結婚。現在、小学3年の長男、直仙君(8)と長女、実生ちゃん(5)を育てる二児の父親だ。
憧れて実現した移住だが、父親になって初めて持った感情もある。それは、子供の教育や村の将来への「不安」だ。
村は過疎化が進み、少子化に歯止めがかからない。村内の小学3年生は、直仙君ただ1人だ。
実は直仙君が村の小学校に入学するとき、唯一の同級生が家族で村外へ引っ越していった。「うちも引っ越そうか?」と聞くと、直仙君は「黒滝が好き。だからここでいい」と答えたという。
「うれしいというより、『本当にそれでいいのか』という思いが強かった」と梶谷さん。「自分は今の暮らしに満足だが、子供にとってはどうなのだろう」―。今も、模索の日々が続く。
山仕事に携わる中で、より技術を身につけようと約10年前から始めたのが、チェンソーでスギの木から動物などを彫刻する「チェンソーアート」。現在は吉野町で「吉野チェンソーアートスクール」を立ち上げ、月1回、講習会を開く。遠くは仙台や山口、四国からも体験希望者が訪れる人気の教室だ。
現在は発注を受けたイヌの彫刻を続ける。腰をかがめ、スギの木と真剣に対峙する姿はもはや「移住者」ではなく、1人の「山の男」。すっかり村に溶け込んだ、堂々たるたたずまいだ。
そんな梶谷さんの次の夢は、「理想の森」づくり。「鳥を呼ぼうと思えば、実のなる木を植えないといけない。そうしたら、リスやウサギもやってくるかもしれない」。夢を語る表情は、少年のような輝きに満ちていた。
「人が多くいるところでは埋もれてしまう才能があるが、村にはそれを開花させるチャンスがある」。都会では感じられない、村にしかない魅力が確かにあることを、梶谷さんは17年の歩みを通して伝えている。(浜川太一)
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