慈悲に過ぎた鎌倉時代の僧・忍性を見直す 今に生きる教えとは?
奈良出身でハンセン病患者らを救った鎌倉時代の僧、忍性(にんしょう)。知名度はあまり高くないが、来年の生誕800年を前に奈良国立博物館(奈良市)で特別展が開催されているほか、墓所の一つ、生駒市有里町の竹林寺では命日の7月12日、ゆかりの地を知ってほしいという有志らが本山・唐招提寺(同)の長老ら出仕の法要を営むなど、事績が見直されている。救済に奔走した庶民の味方、忍性さん。今日も大切な教えとは。
忍性は額安寺(大和郡山市)などで修行し、西大寺(奈良市)の僧で社会事業に尽くした叡尊のもとで真言密教や戒律などを学んだ。有名なのは、若い頃に感染症であるハンセン病の患者を背負って町まで通ったという逸話。病気や貧しさにあえぐ人らに積極的に手をさしのべた。さらに、人々のために川に橋を架けたり、鎌倉・極楽寺では馬の病屋を建てるなど、生きとし生けるもののために身を投げ打った。
叡尊はそんな救済に尽くした弟子の様子を「慈悲に過ぎた」と評したという。
忍性には、奈良時代に戒律を伝えるため苦難を乗り越えて唐から来日し唐招提寺を開いた鑑真への敬慕がうかがえる。さらに、同時代に架橋するなど人々のために社会事業を展開した僧、行基に寄せる思いも強かったといい、それは行基が眠る竹林寺を遺言で分骨先の一つとしたことからも伝わってくる。いずれも他者のために尽くした僧だ。
竹林寺住職でもある唐招提寺の西山明彦長老は「叡尊にとっても、忍性にとっても社会事業をするために行基という目標があった」と語る。時代は浄土思想や禅宗の普及によって鎌倉新仏教と総称される各宗がおこった頃で、日本の宗教界は分岐点だったという。
「釈迦は、今をいかに生きるかが大事と説いた。そのために必要なのが殺すな、盗むな、うそをつくな…といった戒を守ること。来世はあるか分からないので、奈良仏教もシンプルにこの世をどう生きるかを問うた」と西山長老は話す。
そんな仏教を学んだ忍性について「この世が大事だからこそハンセン病患者をきちんとしてあげようという気持ちがあった。来世を思うのではなく、人間として最低限何をすべきか問いながら、今を生きることが大切。忍性はそれを主導した」と語った。
奈良国立博物館特別展で、肖像画や木造座像展示
突き出た頭頂に赤い鼻先…。奈良国立博物館の特別展「忍性-救済に捧げた生涯」はそんな忍性の肖像画が展示され、風貌や人柄をしのぶ機会だ。肖像画について同館の伊藤久美研究員は他の僧らの画像も踏まえ「異能者の特徴を表しているのでは」とみる。
特別展は木造坐像(鎌倉~室町時代、極楽寺)のほか、23日から展示予定の肖像画(鎌倉~南北朝時代、西大寺)など複数の画像が披露される。伊藤研究員はそれらについて図録で智証大師円珍らと類似のイメージと指摘。救済活動に触れ「当時の人々にとっては超人的なものだったに違いないが、忍性の顔の特徴もこれを異能として表象するのではないか」としている。
特別展は9月19日まで。月曜は休館。
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