【鹿角抄】高校野球、汗と涙の美談だけでいいのか 球児の健康考えるとき
7月に開かれた高校野球県大会。開幕初日から決勝まで、そして甲子園球場での全国大会も13日まで取材した。これまで感じたことがないほど、暑く、熱い夏だった。
取材で驚いたのは、県大会の熱狂ぶり。特に今夏は、春の選抜で智弁学園が優勝したこともあってか、同校が出場する試合は予選とは思えないほどの盛り上がりだった。兵庫県出身の記者にとって「甲子園」は身近で、高校野球がどれほど人気があるかは重々知っていたが、県大会でも球場が満員になることに感心した。
試合は接戦であればあるほど盛り上がった。延長に突入し、僅差で勝負がつく試合になるほど、感動的で見応えもあった。しかし、果たして「おもしろい」と思うだけで良いのだろうか。
県予選では約2時間半にも及ぶ熱戦が数試合あり、延長十二回を戦うこともあった。また強豪校ほど、投手は継投ではなく完投をめざし、選手にかかる負担は重くなる。
県大会でも一試合で100球近く投げることはめずらしくない。実際、県予選では熱中症になりながらも試合に出場した選手もいた。全国大会では、1試合177球を投げ抜いた投手もいた。もちろん球児らの頑張りや熱戦は、賞賛されるべきものだ。だが、ただ「美談」としてしまっていいのだろうか。
球児らは、甲子園を目指して特別な思いで試合に臨んでいる。苦しさに耐え、オーバーユースになろうとも、簡単にあきらめることなどできないはずだ。だからこそ、大人やファンが、球児らの負担を軽減するよう働きかけるべきではないだろうか。
たとえば、現在高野連で議論されている、試合が決着しない場合には延長戦で人為的に走者を置いた状態で始める「タイブレーク方式」の導入。また、メジャーリーガーのダルビッシュ有投手はSNS上で、高校野球における投手への「投球回数制限」を設けることを提言している。まだまだ高校野球には議論の余地があると考えられる。
長い目で球児らの〝野球人生〟を見守ることも、高校野球ファンの努めではないかと、取材を通じて感じた。(石橋明日佳)
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