メガソーラー関連経費削除の修正予算案可決 再議見送りの知事「県民生活への影響を考慮」
奈良県議会2月定例会は25日、自民党会派提出の令和6年度一般会計修正予算案など85件を可決するなどし、閉会した。議会後の記者会見で山下真知事は、自民の修正予算について「不満はある」としつつ、審議のやり直し「再議」に付さなかったことについて「全ての新規事業がストップする可能性があり、県民生活への著しい影響を考慮した」と述べた。
自民の修正予算では、議会で最大の争点となった五條市の防災拠点に大規模太陽光発電施設(メガソーラー)を設置する山下氏の計画にからむ関連経費約4500万円のほか、県消防学校(宇陀市)の大和高田市への移転に関する事業費約700万円が削除され、防災体制の基本構想策定費用に付け替えられた。
山下氏は消防学校移転について「いったんゼロベースになったことは間違いない」とする一方、「候補地は(大和高田市の)旧高田東高校跡地か五條市しかないと思っている」と述べ、候補地は限定されるとした。
同じく修正予算で「多角的に検討する必要がある」として修正が加えられた県立橿原公苑の新アリーナ整備事業については、「観客席数や床面積、防災機能など大まかなことを決めた段階で案を議会に出したい」とした。
メガソーラー設置案の地元・五條市は、住民同意求める条例制定
一方、五條市議会は25日、太陽光発電設備を設置する際に事業者が住民の同意書を添えて市長に届け出ることなどを求める条例案を全会一致で可決した。
五條市では、前知事の県政下で2千㍍級滑走路建設などを含む広域防災拠点の整備計画を進めてきたが、山下真知事は今年1月に拠点の規模を縮小し、メガソーラーを設置する案を発表。地元住民から「変更するならばもっと地元に来て説明をすべきだ」などと批判の声が上がっていた。
可決したのは「市太陽光発電設備の適正な設置及び管理に関する条例」で、総発電出力が50㌔㍗以上の事業を対象とする。事業者に対し、市との事前協議や地元住民への説明会の開催などを求めている。
条例案は議員提出で、平岡清司市長は「条例制定に対し感謝している。住民が同意した大規模広域防災拠点整備がなされるよう取り組んでいく」としている。
バスに描く未来の奈良 路線バス車両に生駒・谷口さん作のデザイン
奈良交通(本社・奈良市)が「未来の奈良」をテーマに募集したイラストの最優秀作品をラッピングした路線バス車両の運行が始まった。来年3月まで運行し、観光客や地元住民らに奈良の魅力をアピールする。
長々と角を伸ばした鹿をメインに、社寺や大仏などのシルエットなどが描かれた車体。大阪公立大2年の谷口奈未さん=生駒市=がデザインを手掛けた。
同社は昨年、創立80周年を記念して「なら・バスボディアートフェス」と銘打ち、バス路線沿線に居住・通学する高校生や大学生らを対象に、未来の奈良をテーマにしたラッピングデザインを募集。39点から「まちや人へのやさしい思いが感じられる」と評価された谷口さんの作品が、最優秀賞に輝いた。
奈良市の県コンベンションセンター・天平広場で開かれた式典で、自作のイラストがラッピングされたバスを前に「不思議な気分」と谷口さん。「鹿の角に、伸びゆく奈良の未来を託しました」と話していた。
このほか、小原充稀さん=奈良高▷向井倖都さん=高田高▷矢部奈津子さん=京都女子大-の3人が優秀賞に選ばれた。
「ガザの惨状に関心持って」 県ユニセフ協会の写真展でカメラマンのマクファーレンさん訴え
イスラエルとイスラム原理主義組織ハマスの戦闘が続くパレスチナ自治区ガザに焦点を当てた写真展が、奈良市の奈良公園バスターミナル・展示室で開かれた。会場では出展者によるギャラリートークも催され、写真家のジム・マクファーレンさん(69)が「ガザの惨状に関心を持ってほしい」と訴えた。
写真展は「ガザでの10日間」と題し、県ユニセフ協会が開催。マクファーレンさんら国際的に活躍する4人の写真家が2010年、ガザへ入った際に撮影した32点を、18日から22日まで展示した。
このうち16点はモノクロ写真で、子供たちの日常を中心に現地の状況を切り取った作品が並ぶ。また、8点のカラー写真はいずれも戦闘の被害者がレンズに背を向けた構図で、抗議の意思表示という。このほか、万華鏡を通して見たモノクロ写真で、戦争が与える混乱を表現した合成作品8点も目を引く。
ギャラリートークで、マクファーレンさんは子供たちを捉えた写真を紹介しながら「子供の未来を奪う行為は虐殺と同じ」と強調。また、街の荒廃ぶりを写した一枚を示し、「こうした風景は今や全土に広がり、当時よりもはるかにひどい状況だ。緊張が解ければすぐにでも再びガザへ行きたい」と話した。
会場を訪れた奈良県桜井市の堀内輝子さん(86)は「ガザの子供たちの姿は、戦時中の自分とだぶって涙が止まらない。戦争はむごい」と話していた。
26~31日には、奈良市の県立図書情報館でも同展が開かれる。いずれも入場無料。
室町文化の発展に尽くした能阿弥の顕彰碑 桜井・長谷寺に建立
書画や連歌に優れ、室町時代に足利将軍家の側近として美術品の鑑定などを担った能阿弥(1397~1471年)の顕彰碑が奈良県桜井市の長谷寺に建立され、除幕式が19日行われた。
能阿弥は足利義教から義政までの将軍に仕え、水墨画や連歌をはじめ、茶の湯にも秀でた才能を発揮し、室町文化の発展に力を尽くした。晩年は長谷寺で過ごした末に死去したが、墓などは知られていないという。
能阿弥を長年研究する茶道の武者小路千家家元後嗣の千宗屋さんと同寺が、能阿弥の功績をたたえようと顕彰碑(縦約2㍍、横約1㍍)を建立。高松市の庵治石が用いられ、能阿弥が晩年に描いた「蓮図」(国重要文化財)の写しが銅板として顕彰碑にはめ込まれている。
千宗屋さんは「絵画や和歌、茶道などの日本文化は能阿弥なくして語り得ないと言えるほど。顕彰碑によって、能阿弥に心を寄せる場ができたことは大変喜ばしい」と話した。
「高円の杜」は椿の季節 23、24日は恒例の「まつり」 奈良県護国神社
「高円の杜」として親しまれている奈良市の奈良県護国神社境内が、椿の花の季節を迎えた。23、24の両日には恒例の「椿まつり」が開かれ、神事をはじめ椿粥のふるまいや盆栽の椿の展示など、椿にちなんだ諸行事で境内がにぎわう。
同神社では、昭和50年代に当時の宮司が「多くの人に足を運んでもらいたい」と椿の植樹に取り組み、今では5千平方㍍の境内に数百種、数千本の椿が生育。11月から翌年5月頃まで約半年間にわたり、さまざまな品種の椿が順次楽しめるが、3月下旬ごろが一番の見頃となる。
神社では毎年この時期に椿まつりを開催。愛好家らでつくる「大和椿盆栽会」の会員が丹精込めた盆栽の椿が展示されるほか、苗木や盆栽の即売も行われる。また、神社特製の椿粥が無料でふるまわれ、境内で採集した椿の実を古式の手法で搾った人気の椿油も数量限定で販売される。
24日午前11時からは、神事の「椿まつり奉告祭」が営まれ、神前に盆栽の椿が献上される。宮田康弘宮司は「高円の杜に春を告げる風物詩。開花状況は例年より遅れ気味ですが、春の一日を楽しんでください」と呼びかけている。
達陀帽いただき無病息災祈願 奈良・東大寺二月堂で「お水取り」満行迎え
奈良市の東大寺二月堂の修二会(お水取り)は15日未明、満行を迎え、練行衆は前行から約1カ月間にわたる行を終えた。同日には行で用いた「達陀帽」をかぶせ無病息災を願う「達陀帽いただかせ」があり、周辺は晴れやかな雰囲気に包まれた。
達陀は二月堂内で松明を使う火の行法で、用いる金襴の帽子には呪力が宿り、子供にかぶせると健全に育つと言い伝えられている。最近は大人も健康を願いかぶせてもらっている。
晴天に恵まれたこの日は朝から二月堂南側に家族連れらが続々と訪れ、子供たちは二月堂朝参講(横田好弘講社長)の人らから達陀帽をかぶせてもらった。
奈良県生駒市から4歳の孫を連れて訪れた當麻正巳さん(70)は、「お水取りにはよく来ており、孫の健やかな成長をお願いしました」と話していた。
19日に献血呼びかけるキャンペーン 新聞販売店主らが県内3カ所で
新聞販売店などでつくる「日本新聞販売協会」の奈良・三重支部は19日、日本赤十字社が行う献血の呼びかけに協力するキャンペーンを県内各地で展開する。
日販協近畿地区本部が地域貢献活動の一環で平成13年度から取り組んでいる。当日は、同支部所属の販売店主らが県内3カ所で献血への協力を呼びかける。開催場所は次のとおり。
【奈良市】近鉄奈良駅ビル献血ルーム=午前9時~午後5時▷【大和郡山市】県赤十字血液センター=午前10時~午後6時▷【桜井市】イオン桜井店=午前9時半~正午と午後1時~3時半
三重から東大寺へ 「お水取り」の松明を運ぶ列車旅
近畿日本鉄道は12日、東大寺二月堂の修二会(お水取り)で使われる松明を運ぶ列車に同乗するツアーを初開催した。参加者たちは、松明が赤目口駅(三重県名張市)から近鉄奈良駅(奈良市)まで40㌔近くの距離を列車で運ばれる様子を見届けた後、二月堂まで松明を担ぐなどして、春の伝統行事を体感した。
名張市の極楽寺は毎年、東大寺に松明を調進しており、地元の伊賀一ノ井松明講の講員らがヒノキを伐採して作る。昭和8年から62年までは列車で運搬していたが、翌63年からは徒歩と車で三重・奈良県境の笠間峠を越えて東大寺まで運んでいた。
ツアーは、講員らが「お水取りの松明が名張から運ばれていることをもっと多くの人に知ってもらいたい」と近鉄に提案して初めて実現。関西近郊や福岡県から45組65人が参加した。
この日午前8時半ごろ、赤目口駅で出発式が行われ、駆けつけた三重県の一見勝之知事や近鉄の原恭社長らが見守る中、講員らが同駅から近鉄奈良駅まで直通で結ぶ臨時貸し切り列車に松明5荷を積み込んだ。車内では、参加者らが極楽寺の中川拓真住職による松明調進行事の歴史解説を楽しんだ。
一行は午前10時40分ごろ、近鉄奈良駅に到着。降りしきる雨の中、近畿大学工業高等専門学校(名張市)のサッカー部員らが、希望する参加者らと交代で重さ約32㌔の松明を担ぎ、東大寺二月堂まで約1.5㌔の道のりを歩いた。
大阪市の会社員、梶野耕司さん(63)はずぶぬれになりながら松明を担ぎ、「肩にずっしりと食い込みますね。三重から幾度も峠を越えて東大寺まで運ばれていたことを知って感慨深い」と話した。伊賀一ノ井松明講の森本芳文講長(73)は「ツアーをきっかけに多くの人に、松明講の取り組みを知ってもらいたい」と期待を込めた。
今回運ばれた松明は1年間保管され、来年3月の修二会で後半に行われる火の行法「達陀」で使われる。(木村郁子)

土器に触って、魅力に触れて 視覚障害者も楽しめる体感考古学企画展 橿考研で26日まで
目の不自由な人に考古学の魅力を感じてもらおうと、奈良県橿原市畝傍町の県立橿原考古学研究所の1階アトリウムで「さわって体感考古学の新地平」が開かれている。考古遺物はガラスケースでの展示が中心で、視覚障害者は手で触って形をイメージすることは難しい。企画展では、古墳時代の土器に直接触れて観察する「触察」のコーナーを設け、点訳の図録なども展示。障害の有無にかかわらず、多くの人が楽しめる博物館のあり方を紹介している。26日まで。
橿考研付属博物館では平成29年、古代の土器などに触ることができる企画展を開催。訪れた視覚障害者から「古代人のものづくりを感じることができた」など大きな反響があり、その後も障害者団体が研修などで同研究所を訪れるようになった。
一方で、博物館は歴史資料を保存して後世に伝える役割があるため、出土遺物を常に触れる状態で展示するのは難しい。北井利幸指導研究員は昨年にイタリアへ研修に赴き、全盲の理事長が設立した「オメロ触覚美術館」を視察。美術品の魅力をレプリカや点字の解説板などで伝える取り組みを知り、今回、触察をテーマにした展示を7年ぶりに企画した。
会場では、古墳時代の須恵器の実物や三角縁神獣鏡のレプリカを並べ、直接触れることができる。藤ノ木古墳(奈良県斑鳩町)出土の豪華な馬具などの形を凹凸で示した図録なども展示。企画展を解説した点訳のパンフレットを県立盲学校の協力で作製し、視覚障害者らを対象に無料で配布(数に限りがある)している。
北井さんは「展示物を見ることも触ることもできなければ、どうしても博物館から遠ざかってしまう。多くの人に触察の重要性を知ってほしい」と話す。土日・祝日休館、入場無料。問い合わせは橿考研(0744・24・1101)。
「外国人無料」を見直し 県立美術館など4月1日から
奈良県の山下真知事は8日、外国人観光客を無料としている県立美術館(奈良市)などの施設の観覧料や入館料について、4月1日から見直すと明らかにした。
ほかに見直すのは、県立民俗博物館(大和郡山市)、県立万葉文化館(明日香村)、県立橿原考古学研究所付属博物館(橿原市)の入館料など。さらに、同様の例がないか点検するとしている。
県立美術館では、無料制度は外国人観光客の誘客促進を目的に、前知事時代の平成20年から常設展で始まり、26年からは特別展も対象に加わった。常設展示の観覧料は一般個人400円▷大学・高校生250円▷中・小学生が150円。外国人観光客はパスポートを提示すれば、これらの観覧料が無料となる。
県によると、新型コロナウイルス禍前まで県内を訪れる外国人観光客数は右肩上がりにあり、令和元年は約349万5千人で平成24年(約28万5千人)の10倍以上に。県立美術館も外国人観光客が来館者の約1割を占めた。ただ、交流サイト(SNS)では「日本人差別では」「普通は県民を無料にするところではないか」などと批判の声が上がっていた。
記者会見で山下氏は、制度について報道で8日に知ったとし、「美術館や博物館が無料だから(外国人観光客が)奈良に行くということにはならないと思う」と指摘。「合理性がなく、政策目的と制度が合致していない」と述べた。
響く祈りの声、能登へも 東大寺「お水取り」 4年ぶり堂内で聴聞可能に
奈良市の東大寺二月堂で1日に始まった修二会(お水取り)の本行は、8日から後半に入った。練行衆と呼ばれる僧侶11人のうち祈りの中心の大導師が唱える「諷誦文」には能登半島地震のことも盛り込まれ、人々の幸福を祈願。新型コロナウイルス対策として設けられた制限が緩和されて4年ぶりに堂内での聴聞が可能となり、参拝者らは祈りの声に耳を傾けている。満行は15日未明。
小さな手松明を持った加供奉行という役が二月堂へ通じる登廊を3往復した後、練行衆がお松明の明かりに導かれて石段を上る。堂内からは練行衆が差懸(木沓)で床を踏み鳴らす音が聞こえ、夜の勤行が始まる。
「南無観、南無観…」。やがて本尊の観音をたたえる律動的な声明が響き渡り、板に身を投げ打つ荒行「五体投地」の痛々しい音も聞こえてくる。修二会は観音を前に、私たちに代わり練行衆が日ごろの過ちを懺悔する悔過の行だ。
今回、大導師は昨年に続き同寺清凉院住職の森本公穣さん(55)が務め、毎夜作法を行っている。諷誦文では「現在句」として能登半島地震について唱え、亡くなった人らの冥福と被災地の早期の復興を祈願。「過去句」には現在にもつながる戦禍を盛り込み、祈り続けている。
訪れた人たちはマスクを着用して二月堂内の「局」と呼ばれる所に入り、声明を聞いたり、手を合わせたりしている。
古楽アンサンブル「アウル」が奈良ホテルで50周年記念演奏会 自作楽器などで旋律奏でる
ヨーロッパの古い時代の音楽を奏でる奈良市のグループ「アウル古楽アンサンブル」の創立50周年記念演奏会が、同市の奈良ホテル・聖ラファエル教会で開かれた。「こんな音楽集団が奈良に1つくらいあってもいい」と活動を続けてきた創設者の池口秀樹さん(80)。今後も自分たちのペースで楽しむという。
大阪音大を卒業し、中学の音楽教諭となった池口さんが結成したリコーダーアンサンブルがその原点。メンバーらが仕事を終えた夜に集まるスタイルから、フクロウを意味する英語「アウル」がいつしかグループ名になったそうだ。
「バロック以前の西洋音楽はおおらかで短い楽曲が多く、演奏が楽しい」。池口さんは魅力をこう語る。当時と同様の楽器を探したり、時には自作したり。古楽器のコレクションは100点以上にのぼる。
現在は池口さんと、妻でピアニストの由紀子さん(78)のほか、声楽家や博物館学芸員といった面々6人がメンバー。リタイア組が増えたため夜に集まることはなくなったが、週1回昼間に池口さん方で練習し、定期演奏会を年1回開催。依頼を受けて各地へ演奏に出かけることもある。
「実は、正確に50周年というわけではないんですが…」。昨年、自宅内を整理していた際、昭和45年に開いた演奏会のプログラムが見つかり、「今では結成の年月日は定かでないけれど、『50年やってきた』と言っていいよね」と、今回の定演を「50周年記念」と銘打った。
2月25日に開かれた記念演奏会は、急遽座席を増設しても入れない人が出るほどの盛況ぶり。自作したチェンバロやゲムスホルン、トロンバマリーナなどを含む珍しい古楽器を多数駆使し、オペラの原型とも称される「オルフェオ」をはじめ、イタリアの中世・ルネサンス期などの楽曲を中心に披露した。
「こんなに大勢の方が聴きに来てくれるとは」と池口さん。「もう無理のきかない年齢なので今後はぼちぼちと…」と言いつつ、新たな古楽器作りを始めている。
6年生チーム同士が熱戦繰り広げる「白橿旗橿原卒業記念野球大会」が開幕 橿原市
県内の小学6年生球児のチームで争う「第34回白橿旗橿原卒業記念野球大会」(橿原卒部野球実行委主催)が3日開幕し、橿原市の鳥屋近隣公園グラウンドなど県内4会場で1、2回戦17試合が行われた。
同大会は、6年生が学童野球を引退してから中学進学までに生じる約半年のブランクの間に「野球離れ」してしまうのを防ぐ狙いでスタート。主として地域ごとに6年生だけのチームを編成し、今大会には25チームがエントリーした。
高校球児も地域の野球の盛り上げを支援しようと、県立橿原高校と大和高田市立高田商業高校の両野球部メンバーが審判団の一員として参加している。
大会は10日に準々決勝、17日に準決勝と決勝、3位決定戦がそれぞれ広陵町の広陵運動公園健民グラウンドで行われる。
3日の結果
【1回戦】STIH0ー0(抽選)葛城BBC・A▷高鳥ダダンダンズ1ー0生駒東少ライオンズ▷古都会SP4ー1御所イーグルス▷奈良信貴レッズ2ー0オール奈良▷王寺・河合スポーツ少年団レッド5ー0宇陀スラッガーズ▷高田BBC1ー1(抽選)河合・王寺スポーツ少年団ブラック▷いいね!真美ケ丘3ー3(抽選)オール磯城▷葛城BBC・B7ー6吉野オールスターズ▷広陵少年野球部5ー0(不戦勝)香芝ブラックサンダーズ
【2回戦】STIH2ー0新時代橿原▷高鳥ダダンダンズ1ー0八木ヤンキースEAST▷郡山オールスターズ1ー0古都会SP▷八木ヤンキースWEST10ー0奈良信貴レッズ▷王寺・河合スポーツ少年団レッド4ー2BINS▷高市・橿原ダブルピース4ー0高田BBC▷いいね!真美ケ丘5ー0畝傍子供会▷葛城BBC・B7ー6広陵少年野球部
奈良市学童軟式野球連盟のシーズン開幕 選手たち元気に入場行進
奈良市学童軟式野球連盟の令和6年度シーズン開幕式が3日、同市のロートスタジアム奈良で行われた。参加したチームの選手たち500人が元気に入場行進し、健闘を誓った。
同連盟の池田慎久会長が「大きな夢に向かってしっかり頑張ってください」と整列した選手たちを激励。「かすみの」の佐々木花温主将(10)と「帝塚山スポーツ少年団」の松本夏樹主将(11)が「監督やコーチ、先輩たちに教わったことを実践し、サポートしてくれる両親に感謝してチーム一丸となってプレーします」と宣誓した。
シーズンは11月まで。3月10日にスタートするリーグ戦をはじめ、30日開幕の奈良LC杯、6月の産経新聞社杯や7月の市長杯など、各大会が予定されている。
高取・土佐街道沿い「町家の雛めぐり」今回で幕 実行メンバーの高齢化で
日本三大山城に数えられる高取城跡の城下町、奈良県高取町の土佐街道沿いで1日、春を彩る「町家の雛(ひな)めぐり」が始まった。沿道の町家に飾られた華やかな雛人形は、長年風物詩として親しまれてきたが、18回目の今年で幕を閉じる。主催する住民グループ「天の川実行委員会」メンバーの高齢化が理由。7人全員が70代以上となり、野村美千子副代表(74)は「踏ん張りがきかなくなったが、十分にやらせてもらった。続けてくれる人がいれば」と話す。31日まで。
雛めぐりは平成19年、証券会社を定年退職した、美千子さんの夫の幸治さん(81)が中心となって、町おこしの一環で始めた。土佐街道沿いには江戸から明治時代の町家も多く、由緒ある雛人形も残っており、住民らに協力を呼び掛けて玄関や店先に飾ってもらった。メイン会場は米蔵を改装して「雛の里親館」とし、住民らから寄贈された500体を17段のひな壇に並べている。来場者は当初8千人ほどだったが、最盛期は5万人近くに増えたという。
会場の設営や17段もある雛壇への飾りつけはメンバーが1カ月かけて行い、街道沿いの菜の花は美千子さんが秋から丹精して育てた。「当初はメンバーも会社を退職したばかりで元気だったが、体力的にも難しくなってきた」と美千子さん。1年前に今回を最後にすると決めた。雛人形は雛の里親館で保管される。
同会は、手作りかかしを街道沿いに並べる「かかし祭り」も平成21年から続けてきたが昨年10月に終了した。今回の町家の雛めぐりでは「ありがとう!!…そして さようなら!」の看板とともに昨秋の「かかし祭り」で展示した将棋の藤井聡太八冠のかかしも並べて盛り上げている。
大阪府高槻市の70代の女性は「たくさんの雛人形をどうやって集めたのかと思いながら見ていたが、最後とは。きれいな雛人形を見て気持ちも明るくなりました」と話していた。
同町の古刹・壷阪寺でも1日、本尊十一面千手観音菩薩像の前などに計4千体のひな人形が並ぶ「大雛曼荼羅(だいひなまんだら)」が始まった。4月18日まで。町家の雛めぐりに合わせて毎年行っており、喜多昭真執事(54)は「町のみなさんと一緒にさせていただいただけに、今回が最後とは大変残念な気持ち。町家の雛めぐりがあったからこそ、お雛様の町として定着した。お雛様を大切にしてきた町の人たちの思いをつないでいきたい」と語った。
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町家の雛めぐりの問い合わせは観光案内所「夢創舘」(0744・52・1150)、大雛曼荼羅は同寺(0744・52・2016)。
初代法隆寺「若草伽藍」の南端か 瓦が大量廃棄された溝跡見つかる 斑鳩町
法隆寺境内(斑鳩町)の南側で、飛鳥時代に聖徳太子が創建した初代法隆寺だった「若草伽藍(がらん)」の南端の可能性が高い溝跡が同町教育委員会の発掘調査で見つかった。日本書紀で天智9(670)年に焼失したとされる初代法隆寺の実態を知る上で貴重な成果という。
若草伽藍は現在の金堂や五重塔がある西院伽藍の南東に位置し、塔や金堂が南北に並ぶ四天王寺式伽藍配置だったとされる。今回は塔跡南東で建物建設に伴い、456平方㍍を調査。塔跡などと並行する位置に幅約2㍍の溝跡が約16㍍にわたり出土した。
溝跡には7世紀の瓦が大量に廃棄されており、焼けた壁土片もあることから建物が火災で焼けた後にまとめて捨てられたとみられる。若草伽藍はこれまでに北側、西側で塀とみられる遺構が確認され、南北約170㍍、東西約150㍍と考えられていたが、今回の出土地は南北が約14㍍短くなる位置となっている。
廃棄された瓦片は数万点以上に上るといい、金堂に使われていた可能性がある鴟尾(しび)の破片も含まれていた。さらに、瓦質の板状表面に軒平瓦に使う文様のスタンプを押した類例のない品もあった。
法隆寺は聖徳太子が亡くなった父の31代用明天皇のために発願し、推古15(607)年頃に建立。天智9(670)年に焼失し、その後再建されたのが現在の西院伽藍とされる。
調査担当の荒木浩司・生涯学習課長補佐は「遺構は若草伽藍の範囲を考える上で一つの重要な資料になる」と話している。
現地説明会は3日午前10時~午後3時。
「大和な雛まつり」 大和郡山・旧市街地一帯で3日まで
ひな祭りに合わせ、大和郡山市の旧市街地一帯で、店舗などにひな人形を飾る「大和な雛(ひな)まつり」が開かれている。3月3日まで。
歴史的な街並みをいかして地域を盛り上げようと、市商工会と市観光協会が主催。近鉄郡山駅からJR郡山駅までの神社や店舗など107カ所にひな人形を飾っている。
メイン会場の箱本館「紺屋」では、公民館のサークル活動などで地域住民らが制作した手作りのひな人形約100体を展示。また、旧遊郭の建物「町家物語館」では、大階段にさまざまな年代のひな人形約130体がずらり。
訪れた同市の会社員、寺山智希さん(24)は「趣のある建物にいろいろなおひなさまが並び、見ごたえがありますね」と話していた。
町家物語館ではおひなさまに変身できるなりきり体験も行っているほか、3月2日午後1時半と午後3時には、関西文化芸術高音楽専攻の生徒らによるコンサートも実施。入場無料。
河内國平さんの刀剣に魂込めた歩み 橿考研で特別陳列
国宝・七支刀や藤ノ木古墳(斑鳩町)出土の飾り大刀など古代刀剣の復元で知られる刀匠・河内國平さん(82)=東吉野村=の作品を紹介する特別陳列が、橿原市畝傍町の県立橿原考古学研究所付属博物館で開かれている。復元七支刀や、1月に制作されたばかりの太刀など21点を展示。刀剣に魂を込めた60年間の歩みをたどることができる。3月17日まで。
河内さんは江戸時代から続く刀匠の家系に生まれ、関西大在学中に同大学教授だった末永雅雄・橿考研所長と出会い、古代の刀剣にひかれた。卒業後、人間国宝の宮入昭平氏に弟子入りして技を磨き、平成26年に刀剣界最高の「正宗賞」を受賞した。
古代の刀剣復元にも精力的に取り組み、百済の王から贈られたことを示す銘文が刻まれた七支刀に挑戦した。銘文に「百錬」の文字があることから、歴史研究者は通常の刀のように鉄を鍛えて作った「鍛造」とみていたが、刃が7本に分かれているため鍛造では制作が困難と判断。七支刀の実物も鍛造とは微妙な違いがあるとして、鋳型を使った「鋳造」の可能性が高いとし、鍛造と鋳造の七支刀を復元した。
特別陳列では、両方の七支刀を比較できるよう並べて公開している。河内さんや弟子らの作品は、刀身に浮き上がる波のような刃文が見えやすいよう照明を工夫して展示。太刀の制作工程が分かるよう、鉄を熱するために風を送るふいごや鎚などを並べて仕事場も再現した。
伊東菜々子学芸員は「刀剣ブームもあって、若い人が太刀を通じて古代にも興味をもってもらえれば」と話す。3月2日午前11時と午後3時に展示品解説。月曜休館。問い合わせは同館(0744・24・1185)。
「刀、ようやく分かってきた」 河内さんが講演
河内國平さんの講演会が県立橿原考古学研究所で開かれ、刀匠としての心構えなどに触れながら、「刀についてようやく分かってきた。今が人生の中で一番幸せ」と語った。
4歳で終戦を迎えた河内さんは、刀匠の父が軍刀に携わっていたことを振り返り、「昨日まで刀を作っていたのに、戦争が終わったとたんに刀はまかりならんと警察が調べに来た」と、一家が時代の波に翻弄された状況を話した。
昭和41年に大学を卒業して刀鍛冶になりたいと両親に伝えた際、「母親は『刀だけはやめて』と涙を流して反対した。親父は『刀の時代は終わった』と言っていた。ただ、後を継いでくれることを喜んでくれたように思う」と回想した。
河内さんは「出来る」の文字を幾つも連ねた自身の書を仕事場に掲げ、特別陳列でも展示している。河内さんは「弟子には『できない』とは絶対言わせない。『できるできるできる』と声に出して読ませる。できると思ってやり続ければいつか必ずできる」と強調。会場を訪れた刀剣ファンの若い世代に向けてメッセージを送った。
能登半島地震で被災した輪島塗職人を支援 奈良市で販売会
能登半島地震で被害を受けた石川県輪島市の伝統工芸「輪島塗」の職人を支援しようと、なら工芸館(奈良市阿字万字町)で輪島塗の販売会が開かれている。出品している作家は計7人。20日には、輪島市在住の輪島塗の上塗り師、吉田宏之さん(62)の妻、ひとみさん(62)が来場し、訪れた人たちから励ましの言葉を受けていた。
ひとみさんは1月1日、自宅で宏之さんと過ごしていた際、震災に見舞われた。「天井も壁も崩れ、隣の家に寄り掛かるようになっていた。津波警報が出て、車で夫と逃げようとしたが、道路が損壊して徒歩で逃げた」と振り返る。
現在は輪島消防署の近くに持つ別宅に身を寄せているが、宏之さんの工房を兼ねた自宅は解体することになり、観光名所「輪島朝市」に構えたギャラリーも大規模火災で全焼。仕事の再開は見通せないという。
販売会は輪島で20年近く修業を積み、奈良市西ノ京町で「大和漆工芸杉村」を営む漆器作家、杉村聡さん(58)が、奈良市に協力をもちかけて実現。ひとみさんは杉村さんの義理の姉で、「作品を買ってもらうことが、次の作品を作る意欲につながる」と作品販売での支援を思い立った。
宏之さんは木皿やビールのコップなどを出品。ひとみさんは「家も仕事場も失い、ゼロになってしまったが、多くの人の励ましが活力になっている。とてもありがたい」と話している。
販売会は25日まで同館で、27日~3月3日は近鉄百貨店奈良店(奈良市西大寺東町)で開かれる。
日韓考古学の懸け橋に 橿考研が若手研究者の交換派遣を再開
橿原市の県立橿原考古学研究所(橿考研)で、韓国の若手研究者2人が、古代日本と朝鮮半島の関係などをテーマに研究に取り組んでいる。橿考研と韓国の大学や研究機関とは20年ほど前から研究員の交換派遣を行っていたが、新型コロナウイルス禍で中断し4年ぶりに研究交流が再開。幅広い視野をもつ人材育成と両国の懸け橋へ期待がかかる。
来日しているのは、韓国国立文化財研究院の学芸研究士、イ・チョロンさん(38)と、ソウル大学校人文大学大学院国史学科の崔瑛恩さん(28)。イさんは交換派遣で1月中旬から3月末まで、崔さんは交換派遣とは別に1月末に来日して今月22日まで滞在し、それぞれ研究に取り組んでいる。
2人はもともと古代の日本に関心があり、高校・大学生のころから韓国で日本語を学び、橿考研の研究員とは考古学の専門用語もまじえて会話をしている。
イさんは、日本の須恵器と関係が深い朝鮮半島南部・伽耶地域の土器研究とともに、韓国国内の遺跡情報をデジタルデータ化するプロジェクトに取り組んでおり、日本の考古学分野のデジタル技術などを学ぶために来日した。「遺跡のデータを集積し、誰もが簡単にアクセスできるシステムの構築を進めている。日本の研究機関の取り組みを吸収したい」と意欲を見せる。
一方の崔さんは、韓国南西部に集中する前方後円墳を研究。日本の前方後円墳と比較する上で、奈良県内の古墳を数多く発掘する橿考研に滞在している。
2人は、箸墓古墳(奈良県桜井市)や応神天皇陵古墳(大阪府羽曳野市)などヤマト王権を代表する古墳に加え、和歌山県や兵庫県の古墳も精力的に歩いた。崔さんは「典型的な前方後円墳だけでなく、地方ならではの特色ある古墳を見て勉強になった」と話す。
2人の滞在期間が重なったのは偶然で、イさんは「崔さんが来てくれてから遺跡に行くのも一緒なので、議論をしながら楽しく学べた」。崔さんも「地元の研究者ら多くの人と出会えて貴重な経験になった」と手応えを感じている。
交換派遣は渡航制限などが解かれたことで再開し、橿考研からは1~5月まで代の若手研究者が韓国に派遣されている。橿考研の川上洋一副所長は「古代の中心だった奈良で発掘・研究をするには、朝鮮半島や大陸の遺跡を直接見ることが重要。韓国からも招くことで交流の輪が広がり、対面で学びあうことの意義を改めて感じた」と話した。
菅原氏発祥の神社で盆梅展 奈良市・菅原天満宮
菅原氏発祥の地として知られる奈良市菅原東の菅原天満宮で盆梅展が開かれ、丹精して育てられたさまざまな梅が見頃を迎えている。3月3日までの予定。
「学問の神様」として信仰される祭神の菅原道真が梅を愛したことにちなみ毎年開催。今年は例年より2週間ほど開花が早いといい、遅咲きも楽しめる。
約150~200鉢を展示。紅白の花が咲き分かれる「思いのまま」や8種の花が咲く「菅原八宝梅」など、かぐわしい花々が訪れた人たちを魅了している。中村真一宮司は「目で見て和み、香りをかいで清めていただきたい」と話している。
一般500円、中学生以下無料。問い合わせは菅原天満宮(0742・45・3576)。
「着物ドレス」魅力を日常へ、世界へ デザイナーの釜谷春菜さん 桜井市
奈良県桜井市内の工房「工房 針。アトリエはりー」で、着物の伝統的な柄や鮮やかな色彩を生かしてドレスに仕立て直す「着物ドレス」を手がける釜谷春菜さん(37)。昨年はカナダで開かれた若手デザイナーの登竜門「バンクーバーファッションウイーク2024春夏」に出品し、多くの反響を得た。「着物の魅力をもっと発信したい」。そんな思いを胸に、7月にフランスで開催される「ジャパン・エキスポ」に向けて出展作品を制作中だ。(木村郁子)
工房には、男性用の襦袢や訪問着や留袖、喪服、帯がずらりと並ぶ。型紙をおこした後に生地をあてて、着物ならではの柄が生きるように試行錯誤を繰り返す。できあがるのは、ギャザーやダーツを用いたふんわりとしたシルエットが特徴的な華やかなドレスの数々。「せっかく私の手元にやってきたのだから、着物を生き返らせてあげたい」と力を込める。
兵庫県加古川市出身。大阪モード学園(大阪市)でファッションデザインを学んだあと、アパレルショップの販売員やハンバーガー店経営などさまざまな職種を体験した。
転機は、平成年にリサイクルショップでシミのある着物を500円ほどで購入したことだ。シミ部分を避けてワンピースに仕立てて着用すると、友人たちから好評を得た。「シミが一滴ついているだけで安く売られる着物が不憫で仕方がなかった」と振り返る。
着物は織りや染め、豪華な錦糸などが施され、職人の技術が凝縮されているが、現代では着る人が少ない。ドレスやシャツなどに仕立てれば、若い人でも着てくれる人もいるのではないか|。そう考え、「和装文化を継承する役に立ちたい」と着物ドレスデザイナーの道へ。令和2年に桜井市に転居し、中古品売買を取り扱う古物商許可も取得した上で、アトリエをオープンした。
着物は糸をほどくと幅約36㌢の長方形の布になる。通常洋服に仕立てる布の幅は110㌢~140㌢で4倍もの差がある。「柄を生かして型紙を合わせて裁断するのには特に気を遣う」と話す。
主にリサイクルショップで着物を入手しているが、近頃は家族の形見の着物などを持ち込む客も増えた。「思いが詰まった大切な着物や帯を信用して預けてくださる。失敗は許されない」。そう言って着物を扱う表情は真剣そのものだ。
最近は活躍の場を広げ、昨年10月中旬にカナダで開催された「バンクーバーファッションウイーク2024春夏」では、豪華な打掛やあでやかな振袖を使ったドレスなど12作品を発表。「ゴージャスだ」「プリンセスのようだ」などと評価が高かったという。
現在はオーダーを受けたドレスの制作に加えて、今夏にフランスで開催されるジャパン・エキスポに出展する作品に取り組む日々だ。
「和装は世界に誇る日本の文化。私の作品を通して、家で眠っている着物に少しでも目を向け、袖を通すきっかけになってほしい」と釜谷さん。「華やかな着物は特別な日に向けたドレスに向いていますが、普段でも着られるようなカジュアルなワンピースなども発表していきたい」と創作意欲はつきない。
東大寺・お水取り 新入(しんにゅう)の森川さんが「試別火(ころべっか)」入り
「お水取り」の名で知られ3月1日から本行が始まる東大寺二月堂(奈良市)の修二会で、空海寺(同)の徒弟、森川真雅さん(25)が新入として初めて籠る。15日には他の練行衆10人より5日早く東大寺戒壇院に設けられた別火坊で前行の「試別火」に入った。森川さんは「奈良時代から続く歴史あるお水取りに参籠でき、ありがたい」と話しており、3月15日の満行を目指す。
森川さんは華厳宗大本山・東大寺の末寺で弘法大師空海ゆかりの空海寺の住職、森川隆行さんの長男に生まれ、中学生のときに得度した。ニュージーランドの高校に留学し、さまざまな国の人らと交流する生活を送った後、龍谷大学国際学部へ進学。その後は真言宗の道場、高野山専修学院で修行し、昨年4月から空海寺とともに二月堂で勤務している。
高野山で修行していたころには「言葉で表せない神秘体験」と思えることがあった。まだ暗い早朝、ろうそくの明かりの中で大日如来像を拝んでいたときだった。ふと、仏と一体になれたように感じた。
「『入我我入』といえるものなのかは分からないが、これが修行というもので、自分の歩むべき道だと思った」
修二会に向けては、昨年12月から声明を狹川普文長老から教わりながら稽古してきた。新入は3月3日の夜の勤行で「称揚」という特殊な勤行形式の声明を導く時導師を務めるしきたりとなっており、「大役なので緊張する」ともらすが、声明や作法を伝承する立場になることに喜びを感じるという。
今回の修二会は、ウクライナ侵攻などが続き、災害も相次ぐ中での勤行となる。「自分の周りの一人一人が安全に、幸せに暮らせることが世界平和にもつながると思うので、そうであるよう祈りたい」といった思いを胸に臨む。将来に向けては、「高野山には落語家のように話すのがうまい僧侶がいる。私もいろいろな話のネタを持つ味のある僧侶になりたい」と意欲的だ。
大和に春呼ぶ「だだおし」 桜井・長谷寺で勇壮に
大和に春を呼ぶ勇壮な火祭り「だだおし」が14日、桜井市の長谷寺で営まれた。赤、青、緑の鬼が大たいまつとともに本堂の周りを歩き、大勢の参拝者が1年の無病息災を祈った。
だだおしは、人々の罪を懺悔し心身を清める「修二会」の締めくくりとして千年以上続くとされる。「だだ」は、閻魔大王が生前の行為を審判して懲罰を加える杖を指すとの説や、「だだだ…」と鬼を追い出すところから呼ばれたともいわれる。
この日は本堂で法要が営まれたあと、太鼓やほら貝が堂内に響き渡る中、3匹の鬼が「うおーっ」と叫びながら大暴れ。僧侶に追い出されると、大たいまつを持って本堂の周りを歩いて退散した。
耐震不足の橿原市役所、移転完了 機能分散で業務開始
築60年以上が経過し、震度6以上の揺れで倒壊の危険性が指摘される奈良県橿原市役所本庁舎について、今月中の解体開始を前に各部署の移転作業が完了し13日、新たな場所での業務が始まった。市長室も本庁舎本館に隣接する東棟に移転。市は新庁舎の基本計画を令和7年度内に策定する予定だが、完成時期は未定でその間は役所機能が分散し数㌔離れる部署も。亀田忠彦市長は「ひとまず耐震性のある建物で安心して職員が仕事をし、市民に来てもらえるようになった。不便のないように努めたい」と述べた。
昭和36年に完成した現在の本庁舎は、平成7年の阪神大震災翌年の耐震診断で、国の耐震基準を下回ったため耐震強化が長年の懸案となっていた。
31年、当時の森下豊市長が現地での庁舎建て替え方針を示したが、令和元年に就任した亀田市長が現地案を再検証したところ、軟弱地盤の強化などで総事業費の大幅な上昇が見込まれるとして3年に現地案を撤回。市役所の分庁舎が入る複合施設「ミグランス」に本庁舎機能を将来的に集約することを前提に、「かしはら万葉ホール」に移す方針を表明した。
しかし同年12月、市議会は「住民の利便性向上につながらない」などとして移転に必要な条例改正案を否決。背景には、現在の本庁舎の住所「八木町1丁目1番地」から、別の住所地に変更することに抵抗感があったともいわれる。
新庁舎の整備方針は決まっていないものの、各地で地震が頻発する中倒壊の危険のある本庁舎の解体は避けられない状況に。今年1月から各部署の他施設への移転が行われ、議会は本庁舎から約1㌔南のかしはら万葉ホールに移った。市長室は本庁舎に隣接する東棟に移ることで、市役所の住所が変わらないよう配慮した。
市長室と議会が離れる上、観光政策課や庁舎整備室などは約3㌔北東の桜井市境にある「リサイクル館かしはら」に移転したことから、今後は各部署との打ち合わせや、議会への説明などで移動時間がかかることも考えられる。
市民への影響について市は、各種証明書の発行、福祉や子育て関連の部署はすでに分庁舎に集約して支障は少ないとするが、施設が分散することで市民がどこに行けばいいか混乱するケースも予想される。
亀田市長は新庁舎整備について、民間も入る複合施設を念頭に有識者を交えて検討するとし、「にぎわいを創出する施設にしたい」と話した。
元阪神・関本さんがやってくる 来月23日、橿原で産経野球教室
プロ野球・元阪神タイガースの関本賢太郎さん=写真=が講師を務める「産経新聞野球教室」が、3月23日午後1時から橿原市の橿原運動公園・硬式野球場で開かれる。県内の小学生球児を対象に、今月26日まで参加者を募集している。
野球教室は、産経新聞奈良県専売会と産経新聞開発が主催。講師の関本さんは同市出身で、地元の強豪・天理高校(天理市)から夏の甲子園に出場した経験を持つ。当日はウオーミングアップなどのあと、関本さんの指導で守備や打撃の練習をする。参加者からの質問に関本さんが応じる時間を設けるほか、記念写真の撮影なども。
対象は県内の小学3~6年生(4月時点)で、参加費2千円。定員50人で応募者多数の場合は抽選。参加は保護者の同伴が必要となる。申し込みや問い合わせは事務局(06・6633・6834)へ。ファクス=06・6633・2709▽メール=event@esankei.comーでも申し込みを受け付けている。
県産イチゴ「古都華」たっぷり味わって
「ならあかり」もたっぷり
奈良県産イチゴが旬を迎え、各地でイチゴフェアが開催されている。パフェやソフトクリームなど新鮮なイチゴをふんだんに使ったメニューが目白押しだ。
ホテル日航奈良(奈良市三条本町)の3階「ロビーラウンジ ファウンテン」では、4月14日まで「奈良のいちごフェア」を開催。天理市の「中井農園」で収穫されたイチゴを使ったメニューを提供している。
「古都華パフェ」(サービス料・税込み3千円)はイチゴの奈良県オリジナル品種「古都華」約10粒のほかミルクジェラートや古都華ジャムを使用。皿の上には、古都華ジャムを練り込んだシカ形クッキーやならあかりなどの県産イチゴが添えられている。
ほかにも、皿の上のイチゴを増量した「古都華パフェ いちごDX」(サービス料・税込み4千円)や「古都華パフェ スーパーDX」(サービス料・税込み5千円)も人気だ。
広報担当は「主役のイチゴを味わっていただけるシンプルな構成になっています」と笑顔を見せる。営業時間は午後1時~6時。毎週木曜は休み。予約は不可。問い合わせはロビーラウンジ ファウンテン(0742・35・6621)。
艶やかさ際立つパフェ
道の駅「大和路へぐり くまがしステーション」(奈良県平群町平等寺)でも4月末まで、「古都華フェア」が開催されている。
道の駅内のレストラン「hanana」で4月中旬まで提供される「古都華パフェ」(税込み2480円)は、古都華23粒前後を使用。アーモンドクランブルなどで味に変化をつけているほか、皿には古都華3粒が添えられている。
「古都華の艶やかさがよく分かるように盛り付けにもこだわりました」と所長の中山悟さん(70)。完全予約制で2週間前から予約サイト(https://reserva.be/kumagashi)で受け付けているが、連日満席という人気ぶりだ。
ほかにも、道の駅内の「できたてスイーツ工房」では、古都華ミニパフェ(税込み700円)や古都華ソフト(税込み600円)、古都華シェイク(税込み580円)など古都華を使ったさまざまなスイーツが楽しめる。予約不要。
問い合わせは、道の駅大和路へぐり くまがしステーション(0745・45・8511)。
能登地震に「阪神」の記憶を重ね 11日にチャリティーイベント 橿原・称念寺の今井住職
能登半島地震発生から1カ月を過ぎても、多くの避難住民は寒さに耐え、建物は倒壊したまま。この状況に、古い町並みで知られる橿原市今井町の称念寺住職、今井慶子さん(67)が心を痛めている。平成7年の阪神大震災で神戸市内の友人を亡くし、本堂も大きく損傷した。「1カ月という時期は、心身ともに最も疲れが出てしまうのでは。少しでも早く元の生活を取り戻してほしい」と、令和4年に再建された本堂で11日、演奏会などのチャリティーイベントを開く。(小畑三秋)
平成7年1月17日。早朝に襲った揺れで、友人が住む神戸市内のマンションが倒壊し、友人とその家族6人が亡くなった。当時、大阪市内のテレビ番組制作会社に勤務していた今井さんは、神戸にも仕事でしばしば足を運び、数日前にも会ったばかりだったという。「悲しい思いをしながら、どうしていいのか、なすすべもなかった。今も後悔として残っています」
称念寺がある橿原市内も震度4の揺れに見舞われた。江戸時代初めに再建され老朽化していた本堂は壁が大きく傾き、いつ倒れるか分からない状態に。電柱のような柱5本でかろうじて壁を支えた。本堂は14年に国重要文化財となり、解体修理が行われた。
阪神大震災以来、今井さんには神戸市内で目の当たりにした倒壊家屋などの記憶が刻まれ、東日本大震災(23年)や熊本地震(28年)の際は被害を伝えるテレビ報道を見ることができなかったという。
甚大な家屋倒壊と火災にも見舞われた能登半島地震は、阪神大震災を思い起こさせた。今回の地震発生から1週間後、知人から被災地支援の相談を受け、地元自治会とも話し合ってチャリティーイベントを計画。境内には日本赤十字社の募金箱も設置した。
「地震から何とか逃れても、1カ月が経過するとこれからどうしたらいいのかという不安感が高まってくる」と今井さん。「仏教の教えでは、阿弥陀様は慈悲深い仏。みなさんを照らして見守っていますということをイベントを通じて伝えたい」と話す。
今井町は、国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、室町時代末の創建とされる同寺は中核寺院。イベントは本堂で日午後2時から、地元住民らによる合気道や居合道の演武、今井さんの知人で南米・パラグアイの民族楽器「アルパ(パラグアイハープ)」奏者、丸田恵都子さんが「コンドルは飛んでいく」などを演奏する。
収容人数の都合で事前に同寺(0744・22・5509)に問い合わせが必要。入場無料だが、義援金の協力を呼び掛けている。
老朽化進む県消防学校(宇陀)を大和高田に移転へ

老朽化が進む県消防学校=宇陀市
知事が会見で発表
山下真知事は7日の定例記者会見で、老朽化が進む県消防学校(宇陀市)を大和高田市の旧高田東高校の跡地に移転すると発表した。令和6年度予算に関連経費を盛り込む。
現在の消防学校は昭和48年の開校から約50年が経過し、建物が老朽化。敷地面積は近畿の府県では最小の約1㌶で、近隣は住宅地のため新たに訓練施設を建てるのが難しく、一部訓練は他府県の施設を借りていた。そのため県は、県保有の未利用地への移転建て替えを検討してきた。
移転場所は約3・6㌶で十分な敷地面積を確保でき、公共交通機関のアクセスが良いなどの利点があるという。県は訓練施設も充実させる方針で、整備費は今後算定する。
教員負担軽減策も
また山下氏は、学校教員の負担軽減に向け、教員の代わりに部活動の指導や大会引率などを行う「部活動指導員」の配置を拡充する案を発表。公立中学校に指導員を配置する市町村に対する補助金を、前年度の4千万円増となる7千万円を6年度予算案に計上する。8年度に中学校教員の休日の部活動指導の廃止を目指す。
県内の小中学校で資料の印刷や学校行事の準備補助などに従事する「教員業務支援員」について、市町村が負担している事業費を県負担とすることで全市町村が公立小中学校に配置できるよう目指す。合わせてスクールカウンセラーや学習支援員も拡充に向けた補助を進める。山下氏は「先生には先生でなければできない仕事に集中してもらうことで、子供の健全な発育成長を目指したい」と狙いを説明した。
大和三名園「香藕園」大規模修復へ、CFで支援募る 当麻寺

大規模な修復工事が予定されている当麻寺中之坊の庭園「香藕園」
葛城市の当麻寺中之坊は、国指定史跡・名勝の庭園「香藕園(こうぐうえん)」の大規模な修復を行うため、インターネットで資金調達するクラウドファンディング(CF)で費用の一部を募る。8日から5月7日まで、近鉄グループのアド近鉄のCFサイト「エールレール」で募集する。
庭園は桃山時代に造られ、江戸時代初期に後西院(後西天皇)の行幸に際し、第4代将軍・徳川家綱の茶道指南役で茶道石州流の祖・片桐石州が改修し、今の姿になったと伝わる。
歩いて鑑賞する回遊式庭園で、池は「ハスが香る庭園」を意味する名前の通りハスやスイレンが咲き、国宝の三重塔「東塔」を借景としている。その美しい眺めから大和三名園の一つに挙げられ、昭和9年に国の史跡・名勝に指定された。
ただ、近年は経年劣化が進行。池の底のひび割れで水漏れがひどくなり、ポンプで注水しなければならなくなった上、この漏水の影響で地盤が緩んで土塀が傾斜し、ひび割れが発生した。石組みも整備が必要で、令和6年度から5年をかけて修復することになった。
総事業費は6150万円の見込み。初年度は1400万円だが、国、県、市の補助を充てても6割が寺の負担になる見込み。このためCFで広く支援を求めることになった。寄付額は1万~20万円。目標額は700万円で、達成しても期間終了まで募集を続ける。返礼品は支援者の名前の奉納、特別な御朱印、1年間毎月の先祖供養などがある。
松村實昭貫主は「後世に伝えていくために、みなさんのお力をお借りしたい」と話している。

池の漏水の影響でひび割れした土塀




































































